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日本語学校は、「学校」か?

 私が千葉市日本語指導通級教室に勤務していた時に、次のようなことがあった。端的に言うと、外国出身の中学生が、学校の授業時間中に日本語学校に行っていた。学校もそれを知りながら、何の疑問も持たず、生徒や家庭を指導しなかったというものである。

 この件を発覚の経緯から話を始めて、問題点や原因へと進めていく。


1 発覚の経緯

  この生徒は、中学1年の時に来日して千葉市立中学校に編入した外国籍の中学生であ  

 る。日本語が全くできないので、保護者の考えで日本語学校にも通わせたようである。

  中学2年の年度初めから当教室に通級を始めたが、入級のための面接の時に、日本語学 

 校に通っていることが分かった。しかし、1年間通ったにもかかわらず、日本語はほとん

 ど話せず、自分の名前や在籍中学校名も言えなかった。

  当教室に入級したので、日本語学校はもう通わないのかと思っていたが、引き続いて中

 学校の授業を欠席して、日本語学校に通っていることが、その後判明した。学校もはっき

 り言わなかったが、学校は欠席しがちであったようだ。


2 中学校の対応

  そのため、当教室から中学校の校長に電話して、次のような疑問点を投げかけた。

 (1) 中学校は義務教育であり、学校の課業時間中(授業の時間)に、学校に来ないで、他

  の施設に通っているのは、義務教育の趣旨から問題がないのか。

 (2) しかも、学校が事態を把握しているのに、何も指導しないのは校長の責任問題になら

   ないのか。

    学校の教育活動に参加している時や、通学途中あるいは当教室の通級途中は「学校

   管理下」となる。しかし、中学校から日本語学校に移動する途中や日本語学校から自

   宅への帰宅途中は、「学校管理下」になるのか。

    もし、上述の移動中などに事故が起きた場合は、誰が責任を取るのか。責任の所在

   を、保護者や日本語学校側と確認しているのか。

 (3) そもそも、日本語学校は「学校」なのか。学校教育法で定められた「学校」で学習し

   ていなければ、「義務教育を受けている」ことにならないのではないか。


  以上の疑問点を伝えたが、中学校からは明確な回答がなかった。端的に言えば、このよ

 うな疑問点を考えてもみなかったようである。その後、この生徒に対してどのような指導

 をしたかも、知らされなかった。


3 日本語学校は「学校」か?

  教育関係者にとっては言うまでもないことだが、学校教育法で定める「学校」とは、そ

 の第1条が定める「幼稚園、小学校、中学校・・・・大学」などである。

  また、第6条では「学校の設置者」について、「法律に定める学校は、(中略)、国又 

 は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる」と定めて

 いる。つまり、「学校」を設置できるのは、国、地方公共団体または「学校法人」だけだ

 と定められている。

  これに対して、いわゆる「日本語学校」については法律では「学校」と言う言い方はし

 ておらず、「日本語教育機関」と言っている.

  例えば、出入国在留管理庁のサイトで、「日本語教育機関への入学をお考えのみなさま

 へ」で次のように言っている。

  「日本語教育機関における勉学を目的とし,『留学』の在留資格で在留するためには,

 法務省が告示をもって定める日本語教育機関に入学する必要があります」(下線部筆者)

  これも日本語教育関係者にはよく知られたことだが、「留学生ビザ」を取得できるの

 は、「日本語学校」の中でも、「法務省が認めた日本語教育機関」、いわゆる「告示校」

 の学生だけだということである。

  また、これも関係者にはよく知られたことだが、日本語学校は株式会社でも設置者とな

 ることができる。この点も、学校教育法で定められた「学校」との大きな違いである。

  以上のように、いわゆる「日本語学校」は、法律上の「学校」ではなく、ましてや、義

 務教育を補完するための教育機関では全くないということである。

  余談になるが、当教室が「通級教室」と名乗れるのは、2013年度に学校教育法施行規 

 則が改訂されて、「日本語指導が必要な児童生徒」に対する日本語指導が、一定の条件下

 で「学校の教育課程の一部」つまり「学校の授業」として認められたからである。

  生徒が通級教室に通うのは、法律・規則で認められた「制度」を利用することであり、

 保護者や生徒の考えで日本語学校に通うのとは全く異なる。


4 原因・問題点

  原因・問題点として、次のことが考えられる。

 (1) 中学校が、外国籍の子どもが日本の学校で初等教育(義務教育)を受ける権利・義務

   の関係について正しく理解していないこと。

    中学校が、こちらからの問合せに明確に答えられなかったのは、「外国人の子ども

   だから、日本の学校に来なくても良いのではないか」という意識が根底にあったので

   はないか。こちらの問合せで初めて、法的な問題に気づいたのではないかと思われ

   る。

    これについては、文科省が「外国人児童生徒教育の充実方策について(報告)」の

   「Ⅲ 外国人のこどもに対する就学支援について」の中で述べているとおり、外国人

   の子どもの保護者は、「子どもを日本の学校に就学させなければならない」 という

   「就学義務」はないが、保護者が「希望すれば」、日本の学校に子どもを通わせる

   「権利」はある。

     これは、文科省がこの文書で説明しているとおり、国際人権規約や児童のための

   権利条約を日本が批准しているためである。

    この点については、画像で表示した、石川久・杉田昌平著「外国人住民の生活相談

   Q&A」(㊑ぎょうせい・2020年)が分かりやすく解説している。

(2) 管理職に、常に法規を意識して考えるという姿勢が乏しいこと。

    当教室で7年間勤務して感じたことは、中学校の管理職は学校経営や管理の問題を考

  える時に、「法的根拠は何か」とか「法的に問題はないのか」などと法律・規則を意識

  する姿勢が乏しいことである。

   例えば、当教室は校長が許可すれば自転車での通級も可能となる。当教室と市教委の

  担当者で面接をして、問題がなければ市教委が「通級許可書」を発行する。しかしある 

  中学校の校長は、市教委の「通級許可」が出る前に「自転車通級の許可書」を発行し

  た。そして、それを生徒が面接時に持参したことがある。

   これは、高校で言えば、入試の合格発表前に、通学定期券を購入するための「通学証

  明書」を発行するようなものだ。

   このように論理的に考えればすぐ分かる間違いがなぜ起こるのか。校長が独断で許可

  書を作成したわけではないであろう。学級担任、教頭、校長という学校の意思決定過程

  で、誰も気がつかなかったことに私は大変驚いた。

   普段から法規に基づいて論理的に考えるという習慣が、中学校は管理職でさえ乏しい

  のではないかと思われる。

(3) 外国出身の子どもが抱える「心の問題」に対する意識が低いこと。

   前述のとおり、この生徒は入級のための面接時に日本語がほとんど話せなかった。1

  年間も日本語学校に通ったのに、この状態に留まっているのは、メンタルの問題がある

  のではないかと私は考えた。実際に面接では、何を聞かれても無表情だった。

   年少者を対象にした日本語教育で最も難しい点のひとつは、指導者はこのメンタルの

  面にも心を配らなければならないことだ。難民の場合は別だが、成人は曲りなりにも自

  分の意思で来日する場合がほとんどだろう。しかし、子どもは「親の都合」で日本に連

  れて来られる場合もある。このような子どもは、「意地でも日本語など勉強しない」と

  考えるかもしれない。

   保護者や中学校がまずやるべきだったことは、いわゆる心のケアだったのではない

  か。日本語学校は通常は成人が学ぶ場で、大人の中に13、4歳の子どもが混じっていて

  もなかなか溶け込めないのではないか。このような実態を中学校は認識するべきであっ

  たと思う。日本語学校よりも、母語でカウンセリングを受ける機会を探してやる方が本

  人のためになったのではないか。

   幸いにも、この生徒は通級するうちに次第に表情も明るくなり、教室で笑い声も漏ら

  すようになった。


5 結論

  以上のように、保護者が子どもを日本語学校に通わせたいと言ってきた時に、中学校の

 管理職は、次の点を確認する必要があったと私は考える。

  まず、上の3で述べた「日本語学校」の法律上の位置づけを確認して、次に2の(2)で述

 べた「学校管理下」の問題を確認する必要があった。

  さらに、学校の授業を受けないで日本語学校に行った場合に、 「出席の扱い」はどう

 なるのかを確認する必要があった。

  中学校は、高校のように授業・科目ごとに「欠課時数」を数えることはしないが、日本

 語学校に行くための欠席・遅刻等は、当然「公欠」や「出席停止」とはならない。従っ 

 て、欠席等が積算されていくことになる。

  欠席日数は、当然入試で高校に提出される調査書(内申書)に記載され、高校によって

 は、一定数以上の欠席は「欠格事項」として不利な扱いをされる。

  中学校は、保護者から日本語学校に通わせたいという申し出があった時に、「欠席日数 

 が増えれば、高校入試で不利な扱いを受ける可能性がある」ということを保護者に知らせ

 ておく必要があったと私は考える。

  こうしておかないと、後から「中学校に言ってあったのに、高校入試で不利になるとは

 知らされなかった」と保護者が言い出して、トラブルになる可能性もある。


  結論としては、学校の管理職は、外国籍の子どもが初等教育を受ける権利に関する法律

 的な背景を知っておくこと、学校経営上の問題を法規に照らして考える姿勢を持つことが

 必要だと考える。

  次に、法律面だけでなく、教員のリーダーたる管理職としては、外国出身の子どものメ 

 ンタル面について考える知見を持つ必要があったと私は考える。

  例えば、早稲田大学の川上郁雄教授は、その著「『移動する子ども』学」(くろしお出

 版・2021年)で、幼少期より複数の言語環境で成長した子どもを研究するために、分析

 概念として「移動する子ども」を提案している。その他にも類似の書籍が何冊も出てい

 る。

  このように、外国出身の子どもが持つ学習上、メンタル上の課題にも普段から目を向け

 ておく必要がある。特に千葉市のように外国人住民が多い自治体の学校管理職としては、

 このような知見は必須のものだと私は考える。


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