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学校で放っておかれた生徒

更新日:2021年10月18日

 前回の記事「仏作って魂入れず―千葉市の外国人受入体制」で、千葉市では外国出身の子どもが編入してきた時に、「診断と評価」を行い、長期的な指導計画を立てる仕組みがないと述べた。この結果、ほとんどの子どもが学校の中で放っておかれる。母語でも日本語でも、知的な発達を促す教育を受ける機会がほとんどない。その結果、年齢相応の知的な基盤を整備できないまま、小学校から中学校へと学年が進む。やがて高校入試が迫ってきて、「このままでは高校に入れないのではないか」と学校も保護者も気がついて、慌てて日本語指導通級教室に生徒を送ってくる例が多いと述べた。

 今回の記事では、そのように来日当初に「学校で放っておかれた」生徒がどうなるかを述べる。

 ある時、通級生徒全員にアンケートをとったことがある。その中で、「日本の学校で驚いたことは何か」という質問があった。ある中学校3年の生徒は、画像のように「時間がよゆ」と回答した。意味が分かるだろうか。本人は「時間が余裕(よゆう)」と書きたかったようだ。この生徒は小学校5年生の時に来日したので、在留期間が4年以上になる。



 次に、下の画像はこの生徒が音読の練習に使用した教科書である。文中に線が引いてあるのが見えるだろうか。日本語は、いわゆる「分かち書き」ではないので、文中のどこで切れるのか自分で見つけなければならない。この生徒は、中学校3年になっても、これができなかったので、私と一緒に読みながら、切れ目に線を引かせたのである。ご覧のとおり、これは小学4年の教科書である。


 さらに言語の問題だけでなく、自分の目の前の景色を絵地図にしたり、立方体の物を平面図で描いたりすることもできなかった。このような発達程度なので、中学校3年生になっても「cm→m→km」や「0.5→50%」などの単位の変換ができないし、もちろん分数、少数の計算もできなかった。

 この生徒は、中学校2年で日本語指導通級教室に入級してきたのだが、私が最も腹立たしいのは、なぜそれまで放っておかれたのかということである。小学校5年で来日した時に、きちんとした診断・評価を行っていれば、「知的な発達にやや課題がある」とか「母語で知的な発達を促す指導が必要だ」などの診断がなされたのではないか。

 学校は、編入時から外国人指導協力員(ネィティブ)の指導を受けさせたようだが、本人の話では、漢字の読み書きを教えてもらい、学校の宿題を「手伝ってもらった」そうである。(余談だが、日本語教育に素養のある人なら、アンケートの回答文を見ただけで、この生徒は「まともな」日本語教育を受けなかったことが分かる。「よゆう」は3拍なのに「よゆ」と書いていている。日本語の音素である「拍」について教わらなかったのである。従って、上の画像のように文中の切れ目も分からない。)

 日本語指導通級教室で生徒を教えるのは週に1回、2時間であるが、この生徒を教え始めて約3か月経過した時に、私は学校に「指導協力員から何か情報が上がってきていないか」と問い合わせた。「何も上がってきていない」というので、私が学校にこの生徒の現状を知らせると、学校は非常に驚いた。

 来日後3、4年経過しても知的な発達程度が前述のような状態なのに、外国人指導協力員は「何かおかしい」とも感じられず、学校に何の報告もしなかったようだ。学校も外国人指導協力員に任せきりだったようだ。しかし、在留期間がこれだけになるのに、本人の日本語がこのような状態では「これは何かおかしい」と「教員なら」感じるのではないか。

 最終的にこの生徒も高校には合格した。千葉県の現状では、「学校を選ばなければ」誰でも高校に合格できるからである。しかし、知的な基盤が前述のような状態で高校に進学しても、学力を身につけることはできるのだろうか。いわゆる「抽象的な操作期」で知力を発達させる機会を逃してしまった生徒が、学年が上がり、学習内容が増大し、高度になってからでは、遅れを取り返すのは極めて困難だと私は思う。

 学校や関係する教員が「日本語ができないから仕方がない」とか「日本語ができるようになれば、成績もそのうち上がるだろう」などと考えて、「教育の専門家」としての観点から生徒の実態を把握しようとしなかったのではないか。これは、子どもの成長・発達の機会を潰したことにならないだろか。

 もちろん、千葉市と異なる取り組みをしている自治体もある。次の記事では、それを紹介するとともに、どこの学校でも可能な取り組みを述べる。



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